傍観者のつぶやき

何となく傍観者の視点から、目に映ったものを綴ります。

特別でいることと特別になること

アナと雪の女王」で、ありのーままのー♪

なんて歌が流行りましたが、人間ありのままでいいとは思うんですが、自分が思っている自分なんて幻想か願望でしかないわけで。

無意識にやっていることは、意識していないから「ありのまま」だとか思いますが、意識的にやっていることは、「ありのまま」では無いことがしばしばあるように思います。

今、しばしばは意識的に使いました。
ありのままではありません。

同じような言葉で「自分らしく」という言葉がありますが、こちらは「(自分が思う)自分らしさ」を表現すればいいので、好きにやってもらえばいいと思ってます。
こんなことを考えていたら、「貴方らしくない」っていうのは、「(私の思う)貴方らしくない」なので、「貴方はこういう人です」という謎の押し付けだなーという考えに至り、今後使わないことを心に誓いました。


で、本題。
人は一人ひとりがオリジナルなはずですが、周りに流されたり、無難を選択することで個性を殺すこともあります。
ただ、元々が特別な存在なんです。
ありのままの自然体であれば、多かれ少なかれ他の人と差は出ます。

意識的に特別になろうとする人もいます。
元々自分のオリジナリティーに不安を持っているか、「自分は他の人とは違う」という一種の選民思想みたいなものが根底にあるのかわかりませんが、見ていて疲れます。
だけど、これも「自分らしさ」の表現方法。
仮に、「無理するなよ」なんて声を掛けようものなら「無理してない!」と烈火のごとく反論してくる体験を受けたことがある人も多いはず。

本人が気付くまでやらせてあげるのが一番かな。